※本ページは、信仰の是非を論じるものではなく、聖書学の立場からの解説です。
◾️キリスト教(西方教会系)
西方教会=カトリックとプロテスタント
イエスの死後、パウロ達(1世紀)~アンセルムス(11~12世紀)にかけて段階的解釈が重ねられ、イエスの死は「人類の原罪の贖い」として、ダイナミック解釈が成立。(※パウロは中東〜小アジアの初期教会の人物)
イエスによる原罪の贖罪は、アウグスティヌス(4~5世紀)の段階では「原罪の完全な精算」ではなく、アンセルムス(11~12世紀)によって「原罪の完全な精算」とされた。
パウロ達が「原罪」概念の基盤を作り、アウグスティヌス(4~5世紀)が体系化した。(「原罪」という語はアウグスティヌスが定着させた)
アウグスティヌスが原罪の遺伝性を設定確定した。
イエスは磔刑で全人類の原罪を贖った。(ただしイエスの贖罪を受け入れない者は原罪は解除されない)
原罪は神の罰ではなく、神の秩序から外れているという性質(欠如)。
「原罪を負う」は俗的言い方。原罪は状態であるので、「原罪の状態」とかが正しい。
堕罪=アダムとイブが神の命令に反して禁断のリンゴ(知恵の実)を食べ、原罪状態になること
〈聖体拝領〉
聖体拝領=聖別されたパンとワインを食べてキリストに繋がる儀式。最後の晩餐が由来。
・聖別されたパン=キリストの肉(見た目はパンだが本質がキリストの肉)
・聖別されたワイン=キリストの血(見た目はワインだが本質はキリストの血)
初期教会は中東だったが、ローマ帝国に乗っかった宗派がローマを本拠地とし、正統派を名乗った(4世紀頃)。それが現在のカトリック教会。
カトリックで教皇概念が完成したのは5世紀。初期教会(中東時)は合議制に近く、教皇概念は無い。初期教皇数代の系譜は割と設定後付け。
編集:26/02/08
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