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◾️ウィトゲンシュタイン(1889〜1951年)
著書:『論理哲学論考』/『哲学探究』(死後出版・後世の編集本)
◆前期ウィトゲンシュタイン
〈『論理哲学論考』内容〉
・世界は事態(成立している事)の総体
・言語は世界を映しとる像(設計図書き写しみたいなもの)。世界と言語は論理構造(論理形式)が対応している範囲において記述できる。
・哲学ワールドはそもそも最初から言葉の誤用によってめちゃくちゃ
・神や美など、言語で真偽の検証条件(=言語との対応確認方法)が記述できないものについては、事実を記述する用途に論理形式が使えず、論理的に記述できないので、もう沈黙する事しかできない。(言語の限界)
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「語り得ぬものについては沈黙しなければならない」=言語で真偽の検証条件(=言語との対応確認方法)が記述できないもの(美、人生、運命、神など)については、事実を記述する用途に論理形式が使えず、論理的に記述できないため、もう黙るしかない。(※「神秘は言語化不能」という意味ではない。)
論理形式=言語と世界を対応させる形式
像=論理形式に従い、言語で記述された現実に存在しうるモデル(事態・配置)。設計図書き写しみたいなもの。
◆以下、後期ウィトゲンシュタイン(『哲学探究』系)
言語ゲーム=言語は、厳密な定義がなくても、慣習によって意味が表れ、普通に使われている。
直示的定義=「これ」「それ」「あれ」(基本はジェスチャー込み)とかで意味を伝える事。文脈や慣習が共有されている事で成立する。
慣習(ウィトゲンシュタイン版)=言語の意味を支える共有された使い方(自然な共有も規定されての共有もどっちも含む)
振る舞いの一致=言葉の意味は、人々の行動・反応の共通パターンによって成立する。
個人が言葉の意味を独自に決めても、意味が流通しないと、成立してない。
編集:26/02/05
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