kant
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| ◾️カント(1724〜1804年) | ◾️カント(1724〜1804年) | ||
| - | もの自体=時間・空間での認識形式が適用されていない世界のありよう。 | + | 著書:「純粋理性批判」「実践理性批判」 |
| - | 現象界=もの自体を時間・空間の認識形式で捉えた世界のありよう | + | もの自体=時間・空間での認識形式が適用されていない状態の「何か」 |
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| + | 叡智界(「純粋理性批判」版)=もの自体としての世界のありよう。消極的ヌーメノン。 | ||
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| + | 叡智界(「実践理性批判」版)=「もの自体」+「信仰要素になるものとか色々」としての世界のありよう。 | ||
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| + | 現象界=もの自体を時間・空間の認識形式で捉え、悟性(因果など)で理解(誤りうる)された世界のありよう。 | ||
| 分析判断=主語概念自体に含まれている要素を論理的に捉える判断。要は言い換え。(例:このリンゴは果物である)(例:この独身者は結婚していない) | 分析判断=主語概念自体に含まれている要素を論理的に捉える判断。要は言い換え。(例:このリンゴは果物である)(例:この独身者は結婚していない) | ||
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| 悟性は常識を信じ込む事も含まれるので、形而上概念を前提とした経験マンとなり、理性(極限の辻褄衝動)と衝突が起きた時に、新たな形而上概念を生み出す。神学はそんな感じ。(※カント哲学からの帰結解釈) | 悟性は常識を信じ込む事も含まれるので、形而上概念を前提とした経験マンとなり、理性(極限の辻褄衝動)と衝突が起きた時に、新たな形而上概念を生み出す。神学はそんな感じ。(※カント哲学からの帰結解釈) | ||
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| + | 純粋理性批判では「神や魂などの形而上概念は悟性と理性の衝突によるバグ(叡智界には無い)」としたが、実践理性批判では「神や魂などは道徳的要請として叡智界に想定される」と言い出した。 | ||
| 根本原因(カント版)=形而上概念。悟性と理性の衝突によるバグで生まれる。 | 根本原因(カント版)=形而上概念。悟性と理性の衝突によるバグで生まれる。 | ||
| 行 49: | 行 57: | ||
| ・理性のアポステリオリ=極論(論理的辻褄)(※経験が元データ) | ・理性のアポステリオリ=極論(論理的辻褄)(※経験が元データ) | ||
| - | 著書:純粋理性批判 | + | --- |
| 実践理性批判=理性が自分に課した例外なしのルールで行為せよ。理性は例外なしの自己行為ルールを立法できる。 | 実践理性批判=理性が自分に課した例外なしのルールで行為せよ。理性は例外なしの自己行為ルールを立法できる。 | ||
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kant.1769392611.txt.gz · 最終更新: 2026/01/26 10:56 by mizupyon