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kant

◾️カント(1724〜1804年)

著書:「純粋理性批判」「実践理性批判」

もの自体=時間・空間での認識形式が適用されていない状態の「何か」

叡智界(「純粋理性批判」版)=もの自体としての世界のありよう。消極的ヌーメノン。

叡智界(「実践理性批判」版)=「もの自体」+「信仰要素になるものとか色々」としての世界のありよう。

現象界=もの自体を時間・空間の認識形式で捉え、悟性(因果など)で理解(誤りうる)された世界のありよう。

分析判断=主語概念自体に含まれている要素を論理的に捉える判断。要は言い換え。(例:このリンゴは果物である)(例:この独身者は結婚していない)

総合判断=主語概念に新要素(主語に含まれない内容)をプラスする判断。(このリンゴは100円で売っている)(この独身者は30歳である)

先天的総合判断(アプリオリ総合判断)=経験を可能とする認識の型によって成立する判断。(例:このリンゴは時間・空間の中にあり、変化には原因がある)

〈人間の知的機能〉

・感性=世界を時間・空間の型で知覚するシステム

・悟性=経験をパターン把握するシステム(※常識を信じ込むなども起きる)

・理性=極限の辻褄衝動

神や無限などの形而上概念は、悟性と理性という2つのOSの同時稼働による矛盾発生で起きるバグ。

二律背反(アンチノミー)=バグでイメージされた形而上存在について、「ある(実在する)」とも「ない(実在しない)」ともどちらの論理も成立してしまう事。

形而上概念は悟性と理性の衝突で起きるバグだが、現実に実現したら想像力という事になる。(※カント哲学からの帰結解釈)

悟性は常識を信じ込む事も含まれるので、形而上概念を前提とした経験マンとなり、理性(極限の辻褄衝動)と衝突が起きた時に、新たな形而上概念を生み出す。神学はそんな感じ。(※カント哲学からの帰結解釈)

純粋理性批判では「神や魂などの形而上概念は悟性と理性の衝突によるバグ(叡智界には無い)」としたが、実践理性批判では「神や魂などは道徳的要請として叡智界に想定される」と言い出した。

根本原因(カント版)=形而上概念。悟性と理性の衝突によるバグで生まれる。

〈アプリオリ〉

アプリオリ=認識の処理様式・フォーマット

・感性のアプリオリ=時間・空間

・悟性のアプリオリ=因果・法則化(※感性のアポステリオリ(感覚)を認識処理)

・理性のアプリオリ=極限の辻褄つけ(※悟性のアポステリオリ(経験)を認識処理)

〈アポステリオリ〉

アポステリオリ=アプリオリで認識処理したデータ

・感性のアポステリオリ=感覚(色・音・硬さ・熱さ・動き)

・悟性のアポステリオリ=経験(出来事の因果連関・自然法則)(※感覚が元データ)

・理性のアポステリオリ=極論(論理的辻褄)(※経験が元データ)

実践理性批判=理性が自分に課した例外なしのルールで行為せよ。理性は例外なしの自己行為ルールを立法できる。

格率=主観的な行為ルール

定言命法=格率(主観的な行為ルール)が人類普遍ルールとして成立するかチェック

仮言命法=条件付きマイルール。条件付きで格率(主観的な行為ルール)を認める処世術。有用だが道徳ではない。もし成功したければ人を騙すという格率はOKみたいな。

道徳法則=定言命法に合格した格率

編集:26/01/28


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kant.txt · 最終更新: 2026/01/29 12:48 by mizupyon

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