kierkegaard
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| kierkegaard [2026/01/31 16:14] – mizupyon | kierkegaard [2026/01/31 17:24] (現在) – mizupyon | ||
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| ◾️キルケゴール(1813〜1855年) | ◾️キルケゴール(1813〜1855年) | ||
| - | 存在理由悩み系。肯定を得られないと自己概念がぼやけて病むみたいな。 | + | 自己のぼんやり感覚に悩み系。他者との関わりによって自己の輪郭が確定できないと自己概念がぼやけて病む(絶望)みたいな。 |
| - | 「世界は無条件に肯定してくれる他者がいない構造になってる!(条件付きでないと肯定されない!) 神との絶対的関係でしか無条件の肯定は得られない!無条件の肯定がないと人は存在理由を得られず自己概念がぼやけ病んでいく(絶望)」みたいな感じ。 | + | 「世界は無条件に関わってくれる他者がいない構造になってる!条件付きでないと関わって貰えない!神との関係だけが、どんな時にも切れない関係だ!(神との関係で自己の輪郭が保たれる!)」みたいな感じ。 |
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| + | 単独者=神とだけ向かうしかなくなった人(神とだけ向かう以外の選択は不十分だとわかり外した人) | ||
| 『死に至る病』(著書)=「自己概念ぼんやりがヤバすぎる件」(超訳)みたいな本。自己の存在の輪郭が成り立たないと「絶望」(自己概念ぼんやり)が起きる。神は、存在の輪郭が成り立たない自分を否定せず、関わりを絶たないでいてくれる。 | 『死に至る病』(著書)=「自己概念ぼんやりがヤバすぎる件」(超訳)みたいな本。自己の存在の輪郭が成り立たないと「絶望」(自己概念ぼんやり)が起きる。神は、存在の輪郭が成り立たない自分を否定せず、関わりを絶たないでいてくれる。 | ||
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| ・倫理的段階=倫理的実存。倫理的な生き方。責任・義務・普遍的道徳・社会的役割・結婚を引き受ける。自己が成立する(本来の自分自身になれる第一歩)。無力という絶望に陥る。 | ・倫理的段階=倫理的実存。倫理的な生き方。責任・義務・普遍的道徳・社会的役割・結婚を引き受ける。自己が成立する(本来の自分自身になれる第一歩)。無力という絶望に陥る。 | ||
| - | ・宗教的段階=宗教的実存。倫理を尽くしても納得できない不条理な信仰(神との絶対的な関係)に自己を委ねる。真の自己に至り絶望が克服される。「ワイは無力や…しかし絶対的肯定者である神との絶対的関係において、ワイは存在の肯定が成立するんや。ワイという概念はぼんやりせず確かなものとしてある。」みたいな感じ。」みたいな感じ。 | + | ・宗教的段階=宗教的実存。倫理を尽くしても納得できない不条理な信仰(神との絶対的な関係)に自己を委ねる。真の自己に至り絶望が克服される。(神との関係において、自己の輪郭が保たれる(自己概念ぼんやりの苦しみがめちゃ減る)) |
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| + | 神との「無条件」な関わりは、「信仰条件を受け入れた上での無条件」なので、「課金したら無料で貰えます」みたいなもの。(※論理的帰結解釈) | ||
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kierkegaard.1769843686.txt.gz · 最終更新: 2026/01/31 16:14 by mizupyon