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spinoza [2026/01/15 16:12] – 作成 mizupyonspinoza [2026/02/13 11:11] (現在) mizupyon
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 ◾️スピノザ(1632〜1677年) ◾️スピノザ(1632〜1677年)
 +
 +神即自然=神は自然(宇宙・世界)そのもの
 +
 +神=自然=宇宙=世界
 +
 +神=唯一の実体(自己原因・無限属性)(唯一実在論)
 +
 +※神の二重のあり方(注釈者による比喩):「数式」(実体)と「数式の展開」(様態=具体的な在り方)。「数式の展開」(様態)は「数式」(実体)と不可分。
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 +自然=神の二重の在り方(唯一実体としての自然/唯一実体の具体的な在り方としての自然(様態))
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 +宇宙・世界=神の存在様式(様態)
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 +実体の展開である様態は、同一事象が知(情報)と能(力)という二重性の異なる表現モデルで並行的に表されている。(※ 知(情報)と能(力)は注釈者による比喩)
 +
 +汎神論。(全てが神!であり、特定のものに神が宿るアニミズムとは違う)
 +
 +神は人格神ではない。
 +
 +祈り・救済・罰・奇跡は成立しない。
 +
 +「全知全能の全能とは自然法則を超えた奇跡を起こせる事ではなく、自然法則に準拠した「全ての能」」と、自然法則準拠型にしたのが、全知全能の解釈変更のポイント。(※注釈者による見解)
 +
 +〈スピノザが与えた波紋〉
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 +読者はこう思った。キリスト教の神の大前提は全知全能である。それってスピノザの言う全ての知と能の属性が含まれる神(宇宙自体)の事じゃんとなる。すると神から人格性は消えてしまう。
 +
 +スピノザの「神即自然」の哲学は当時、無神論と見なされ、神学界で危険視された。
 +
 +---
  
 決定論者。 決定論者。
行 5: 行 35:
 決定論だが、決定論内部は、決定論を知りながら動いている者もいるという決定論。 決定論だが、決定論内部は、決定論を知りながら動いている者もいるという決定論。
  
-決定論なのに幸福論は運命に対するメタ認知で心穏やかになりまょう的な感じ。 +自由=決定論を理解し自己の内面の動きをメタ認知し、そのメタ認知が逆に内面に作用すること(それらもまた決定論で決まってはいる)
- +
-諦念ではなく内面感情をメタ認知する的な+
  
-自由=決定論を理解し、自己内面の動きをメタ認知で把握して状態+決定論に幸福論は、運命に対するメタ認知をすると、結果的に心が揺しなくなり、穏やかになみたいな
  
 コナトゥス=自己保存力 コナトゥス=自己保存力
行 19: 行 47:
 ・意識化されたコナトゥスが欲望。 ・意識化されたコナトゥスが欲望。
  
-編集:26/01/15+編集:26/02/13
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 宣伝スペース 宣伝スペース
spinoza.1768461171.txt.gz · 最終更新: 2026/01/15 16:12 by mizupyon

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