◾️スピノザ(1632〜1677年)
神即自然=神は自然(宇宙・世界)そのもの
神=自然=宇宙=世界
神=唯一の実体(自己原因・無限属性)(唯一実在論)
※神の二重のあり方(注釈者による比喩):「数式」(実体)と「数式の展開」(様態=具体的な在り方)。「数式の展開」(様態)は「数式」(実体)と不可分。
自然=神の二重の在り方(唯一実体としての自然/唯一実体の具体的な在り方としての自然(様態))
宇宙・世界=神の存在様式(様態)
実体の展開である様態は、同一事象が知(情報)と能(力)という二重性の異なる表現モデルで並行的に表されている。(※ 知(情報)と能(力)は注釈者による比喩)
汎神論。(全てが神!であり、特定のものに神が宿るアニミズムとは違う)
神は人格神ではない。
祈り・救済・罰・奇跡は成立しない。
「全知全能の全能とは自然法則を超えた奇跡を起こせる事ではなく、自然法則に準拠した「全ての能」」と、自然法則準拠型にしたのが、全知全能の解釈変更のポイント。(※注釈者による見解)
〈スピノザが与えた波紋〉
読者はこう思った。キリスト教の神の大前提は全知全能である。それってスピノザの言う全ての知と能の属性が含まれる神(宇宙自体)の事じゃんとなる。すると神から人格性は消えてしまう。
スピノザの「神即自然」の哲学は当時、無神論と見なされ、神学界で危険視された。
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決定論者。
決定論だが、決定論内部は、決定論を知りながら動いている者もいるという決定論。
自由=決定論を理解し、自己の内面の動きをメタ認知し、そのメタ認知が逆に内面に作用すること。(それらもまた決定論で決まってはいる)
決定論なのに幸福論は、運命に対するメタ認知をすると、結果的に心が動揺しなくなり、穏やかになるみたいな。
コナトゥス=自己保存力
・コナトゥスが強まると喜びの感情が生まれる。
・コナトゥスが弱まると悲しみの感情が生まれる。
・意識化されたコナトゥスが欲望。
編集:26/02/13
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